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レントゲンヴェルケ

アートマーケットの成熟が始まり、ここ10年は大きい変換期になるのではないかと思います。

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ギャラリストインタビュー

ギャラリストインタビュー 池内 務氏

池内 務氏
1964年
古美術商の長男として東京に生まれる。
1988年
玉川大学演劇専攻卒。
1991年
レントゲン藝術研究所ディレクター。
1995年
レントゲンクンストラウムディレクター。
2001年
レントゲンヴェルケ設立。
2003年
株式化に伴い代表取締役就任。

Q1. 画廊を開かれた経緯についてお聞かせ下さい。

家業が祖父の代から続く美術商で、茶道具を商う父から、幼い頃から家業を継ぐように言われ続けていましたが、当時、中学生の自分には茶道具の魅力が分からなかったんです。

父に薦められて美術館に通いだすようになり、1978年に西武美術館でのジャスパー・ジョーンズ回顧展を見て現代美術の世界に触れました。

高校・大学では演劇に熱中し、一時期美術からは離れていましたが、1989年に父の会社(株式会社池内美術)に取締役として入り、現代美術を取り扱うことになり、1991年に大田区大森にレントゲン藝術研究所を開きました。10年間、父の会社の現代美術部門というかたちでしたが、2001年からレントゲンヴェルケとして独立、2003年から株式会社化しました。

Q2. いまや伝説として語り継がれているレントゲン藝術研究所(※参照)ですが、どういったスタンスで活動をされていたのですか。

自分の感覚にとってプラスになるものをお客さんに見てもらいたい意識はありましたね。偉大なアーティストである飴屋法水の「すべての経験値はプラスである」という言葉に影響を受け、自分が好き嫌いに関わらず、“やらなければならない”アーティストがいるというスタンスで仕事をしていました。

(※)レントゲン藝術研究所
1991年、東京都大田区の倉庫を改修した巨大なスペースで、村上隆や小沢剛など、数々のトップアーティストたちを紹介。美術評論家、椹木野衣キュレーションによる「アノーマリー」展、一晩限りの展覧会「ワンナイトエキシビジョン」といったエネルギッシュなイベントを多数開催した。

Q3. 「レントゲンヴェルケ」という個性的な名称の由来を教えてください。

レントゲンとは、自然の中にない人工の光、X線であり、ヴェルケとは仕事という意味です。

レントゲンは体の内側を映す作用がありますが、それはアートと相通じるのではないかと考えています。artという言葉は、artificial(人工)の頭の3文字ですが、人間の内面を映し出しているものとして共通しています。

かつては放射能の測定単位であり、つまりはエネルギーを数値化する意味として使われましたが、それはアーティストが制作した作品を換金する行為と同様であることから、コマーシャルギャラリーとしての役割を示す意図がありました。

また、日本国内にドイツ語名称の画廊が数えるほどしかなく、他との違いを強く打ち出すことができる。そして一度聞いたら忘れない、ある種のポピュラリティーを獲得する狙いがあります。

Q4. 画廊を開いてから15年が経ちましたが、日本のアートシーンは当時と比べて、どう変化しましたか。

若いアーティストのデビュー戦でも、作品が売れる時代になりました。かつては、どうやって観客を集めるかに苦労していましたね。いまは、キャリアの短い、若いギャラリストも成果をだしやすくなっている。ですが、簡単に作品が生まれすぎている気がします。それは我々を取り巻く環境そのものが簡素化しましたから、必然的にアートにも影響を与えたのだと思います。本来、アートは社会を啓蒙するものであってほしいと考えていますが、今は消費物としての傾向が強くなっている。

Q5. 今後5〜10年のビジョンをお聞かせ下さい。

ここ5年で、安価で大量に売れる作品といわゆる高級品の両極化が進むと思います。いま、若いお客さんが安価の作品を買っている事実は、すごく良い方向に向かい、アートマーケットの成熟が始まります。ここ10年は大きい変換期になるのではないかと思います。

Q6. 今回の@ギャラリータグボート出店にあたり、メッセージをお願い致します。

ウェブサイトはひとつの場と認識しているので、新しい店舗を開いたつもりです。レントゲンヴェルケの基本コンセプトである「hyper technic 超絶技巧」・「smooth surface 平滑表面」・「cool beauty冷徹美学」の要素を満たし、コンセプトや技術面において“筋が通っている”アーティストを次々と出していきます。