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YUMIKO CHIBA ASSOCIATES

私たちの役割は出会うことのできた多様な人々を“アート”を通じて繋ぐことで、来るべき未来のための触媒となることだと考えています。

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ギャラリストインタビュー 千葉由美子氏

千葉由美子氏
YUMIKO CHIBA ASSOCIATES
千葉由美子氏

1984年−1987年まで青山にある多目的文化施設スパイラルの立ち上げに関わり、ロバート・ロンゴ展、デビッド・サーレ展など企画・担当する。1990年よりアキライケダギャラリーに勤務しアキライケダギャラリー/東京のディレクターとなる。同ギャラリー勤務中、96年エンツォ・クッキ展巡回展、96−97年フランク・ステラとリチャード・マイヤー展巡回展、高松次郎の現在展(以降1999,2000,2003,2004の回顧展まで個展を各美術館で行う)など美術館と共同企画を手がける。1998年ユミコ チバ アソシエイツ有限会社設立。作家のマネージメントオフィスとして作家のプロモーション・企画を手がける。1998年ベアト・ストロイリ/1998−1999アートアンドメトロポリス、2001年マルティン-ヴァルデ/ルーシングコントロールイントーキョー、2003年にはFEEL FINLANDの一環として、フィンランド現代写真展「BLUE HORIZON」を企画。以降、展覧会・コミッションワークなど作家ごとの企画を多数行う。
茨城大学 非常勤講師。

──ユミコチバアソシエイツでは、ギャラリースペースは持たずに、アーティストのマネージメントやプランニングに力をいれていらっしゃいます。そのような機能のオフィスを持たれたきっかけは何だったのでしょうか。

最初は、スパイラルでギャラリーの企画・運営の仕事をしていました。その後、フランク・ステラやバスキアなどのビッグアーティストを扱っていたアキライケダギャラリーに勤め、展覧会の企画のみならず、作品の売買をするために、作家の制作現場に立ち会いひとりひとりの作家と向い会って仕事をする現場を経験しました。アーティストのマネージメントをやりたい、と思ったのは、高松次郎さんの担当をまかされ、高松さんが亡くなられるまでご一緒の仕事をさせていただいたことからです。
私が高松次郎さんというアーティストと仕事を通して直接知り合ったことで、沢山のことを学び、自分の世界が広がったように、アーティストと社会がつながる場と機会を出来る限り多くの方に提供したい、と思ったのがきっかけです。アーティスト自身を社会に出すことで、多くの方達にその世界観を理解してもらい、作品に興味を持っていただき、アートマーケットが出来上がっていく、そういった広がりを創出できるのではないかと。

──アーティストのマネージメントやプランニングというお仕事内容を具体的にお聞かせいただけますか。

アーティストの作品管理、資料管理、スケジュール管理といった管理業務全般とエージェントとして外部に対する交渉・窓口として対応することを基本業務としています。作家とはコンセプトワークも含め個々に相談しながら、長期的・短期的な視野を持って、アーティストの活動プログラムを作ります。アーティストはそれぞれ対外的に実現したいことが違っているので、それぞれに特化したプログラム内容になります。
その後、そのプログラムに沿って、活動のプロモーションを仕掛けています。

資料管理、作品管理といった業務はアーカイブ的な機能も備わっています。
これも、高松さんのお仕事を通して痛感したことですが、高松さんが亡くなられた後、資料整理が大変だったんです。資料が散逸していて、記録がなくて昔の作品の行方が追えなかったりで・・・。カタログレゾネの完成を目標にしているのですが、なかなか進まずいまだにアトリエに通い作業をしています。カタログレゾネは作家にとって重要なものです。海外では著名な作家は必ず作られています。
アーカイブの役割は、アーティストのマーケットを作っていくのに必須なものだと思いますね。
そうは言っても大変な作業なのでなかなか進みませんが。

──アーティスト一人一人にかける時間が長くて丁寧なのが、千葉さんのオフィスの特徴ですね。若い作家さんも抱えていらっしゃるので、「育てる」という機能もあるのでは?

結局そうなりますでしょうか。ベテランと若手では方法が違いますが。
ベテランは行く方向やスタイルが確定しているので、そのスタイルを理解した上で、持ち味を生かしながら、新しい側面をどう開拓していけるか、が課題となります。
若いアーティストの場合は、これから育っていくので、今持っている可能性をつぶさないでどう前に進ませていけるのか、という点から育てることのお手伝いをさせてもらっています。とにかくチャンスを与えなければいけないのですが、同時になんでもやらせてしまうと広がっただけで終わりかねないので、ある程度プロテクトしなければならない部分もあります。仕事量的なペース配分の調整も必要となってきます。必然的に、育てる機能というのも、持たなければならない結果となりますね。

──年齢層も作品も作風も、それぞれ個性の異なるアーティストを抱えていらっしゃるユミコチバアソシエイツさんですが、千葉さんがアーティストを選ぶ時の基準を教えてください。

クオリティを重視します。作品の底力といったらいいのかな。
それと、根性。なにがあってもこれは絶対続けていくんだ、という体力と精神力の強さですね。
アーティストとして長く続けるために、またお客様に長く興味を持ってもらうために、必要な要素です。
あとは、においがある作品。そのアーティストにしか出せない作品のオーラです。たとえ贋作が100枚並んでいても、絶対にすぐにそれとわかる、そのオーラが自分にかぎ分けられるかどうかが決め手です。これだけは、言葉でも言えない事なのですが。

──そういった資質を持っているアーティストが条件だとしたら、出会った瞬間即決ですか?

いえ、すぐには決まらないんです。
鷹野さんの場合、決めるまでに丸3年、東恩納裕一さんも出会ってから約2年かかってます。
一旦自分が関わったら、作品を扱うだけではなくて、そのアーティストとチームワークが組めるかどうか、という人間関係が問題になるので。ある種、恋愛・結婚みたいなものです。この人と一生過ごすことができるかどうか、という(笑)。だから、慎重に考えます。あとは、自分のキャパシティー。きちんと扱ってあげられる枠があるかどうかです。
でも人と人の関係ですから、始めてみて一緒にやらないとわからないのでうまくいかないケースもありますが。

──クオリティの高い作品とともにアーティストとの関係性の構築も重要になるんですね。

そうですね。
最初のうちは、とりわけ半年から1年は、信頼関係を結んで、アーティストの考え方を学びます。展示作業から必ず同行し、そのアーティストが何を考えて創作しているか、どう見せたいかを理解する。話をして、質問を交えることで、アーティストの作品世界に共感していける。信頼関係が作れないと、いつまでたっても、ちぐはぐになってします。アーティストと社会の間に入って「作品を伝える」というお仕事は、誤解して伝えてしまうというリスクも含んでいるので、「アーティストの作品を任されている」という責任の意識が常にありますね。

──千葉さんは、一人一人のアーティストに対して、本当に丁寧に対応していらっしゃいますね。

作品のクオリティが良い、というのは大前提だけれども、その良い作品をどう扱うか、ということは、扱う側のクオリティも問われることとなるんです。仕事としてやっている上に、作品に共感を得て、熱をもたなければ。そうじゃないと、アーティストも長くついてきてくれない。結局は人と人の関係なんですね。

──タグボートのように、インターネット上で作品を販売することに対しては、どのように思いますか?

10年位前に、アートを販売している海外サイトを見た時は、正直「あやしいな」という気持ちはありました。作品や作家の説明ができないので。しかも、販売するお相手もアノニマスじゃないですか、手ごたえをもてない、そういったところに作品を売っていくってどうなんだろう、と。基本的に、作品と通して人と人とがつながっていかなければならない、と思っているので、抵抗がありました。
でも、タグボートの場合は、システムがしっかりしているし、こちらの意向や意見を汲んでくださる。プログラムもアーティストごとに作成されているので、安心感が大きい。

それに最近は、メールでアクセスしてくる人が多くなりました。大抵のアーティストは東京で作品を発表しているので、地方に住んでいる方はなかなか足を運べなく、実物を見る機会がそうそうないようです。最近は引きこもっている方も多いですし。ネットで購入をするのは普通のことになってきていますよね。そうなると、インターネットは便利な機能だな、とここ最近認識しています。信頼できるサイトビジネスをやっていただけるタグボートさんが間に入っていただき、作品をご紹介できる機会が広がったことは、嬉しいことだと思っています。

(2007年11月15日 銀座のユミコチバアソシエイツ オフィスにて)