
「階段を下りる裸体ナンバー2」
マルセル・デュシャン |
Armory(兵器庫)であった建物が一躍アメリカ美術の世界で有名になったのは、今から90年前、1913年2月17日から1ヶ月開催された国際現代美術展「アーモリー・ショー」のためである。
現代美術展といっても現代だけではなく、アングル、ドラクロアのドローイングから始まる総数1600点以上、三分の二はアメリカ人作家の作品だがヨーロッパの最先端の美術が初めて紹介された美術史上非常に重要な展覧会であった。ピカソやブラックのキュビスム、マティスのフォーヴィスム、中でも最も話題となり論争をも呼んだのはマルセル・デュシャンの「階段を下りる裸体ナンバー2」であった。この展覧会がシカゴに巡回した際、アート・インスティテュートの学生たちがマティスとブランクーシの人形を作って縛り首にし、マティスの複製画を焼き払ったという。当時のアメリカの画家たちにとってヨーロッパの同時代の美術はモダン過ぎ、ギャップの大きさを意識させられたのである。
美術史の書物では余り触れられていないが、出品作品のほとんどが売り物であった。そして200点以上の作品が売れた、つまり多くのコレクターを生むことになった。 |