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ディレクター広本の『アートをマーケットから読み解く』
21世紀的なアートの楽しみ方 (2004.09.27)
 9月19日に終了したベルリン、ナショナル・ギャラリーのMoMAコレクション展には、延べ120万人の入館者が訪れたという。650万ユーロ(8億7550万円)の収益が上がり、世界で最も成功した展覧会の一つとなった。総経費1250万ユーロ(16億8750万円)のうち100万ユーロ(1億3500万円)はドイツ・バンクが支出、経費の大半を占めたのは800万ユーロ(10億8000万円)と噂されるMoMAへの作品借用料である。高額の借用料にもかかわらず、カタログ18万2000冊、絵葉書58万枚の売り上げが黒字収支に貢献した模様。

 3年前に開催された、21世紀最初のヴェニス・ビエンナーレは、ビデオ・アート、インスタレーションが、各国パヴィリオンの大多数を占めていた。しかし大賞である金獅子賞を受賞したのは、画家サイ・トゥオンブリと彫刻家リチャード・セラの二人であった。どちらも過去にMoMAで個展を開催したことのあるベテランだが、意欲に満ちた新作はエネルギッシュな力強さで見るものを圧倒していた。前者のキャンバス作品は数千万円から数億円、後者のコールテン鋼彫刻も同様の価格。しかも200号大の大作あるいは数十トンの鉄の塊を自宅に飾れるコレクターは限られている。だが版画なら大きさも手頃であるし、セラの作品は十数万円から、トゥオンブリの作品でも百万円前後で入手可能なものもある。

リュック・タイマンス(1958〜 )
 
ピーター・ドイグ(1959〜 )
 
リサ・ライター(1968〜 )
 
ローラ・オーエンス(1970〜 )
 
エリザベス・ペイトン(1965〜 )
 上のヴェニス・ビエンナーレ、ベルギー館で個展を開催したリュック・タイマンス(1958〜 )の作品が昨年秋のフィリップス・オークションに出品され、エスティメートの倍以上の427,500ドル(約5,000万円)で落札され話題となった。

同世代のイギリスの作家ピーター・ドイグ(1959〜 )の作品も一昨年秋、ロンドンのサザビーズに出品され、やはりエスティメートの倍の314,650ポンド(約6,000万円)で落札、40代の作家たちの実力と人気の程が現れている。彼らの作品も版画であれば、10万円〜50万円で買うことが出来る。

 さらに若手、30代の新進作家たちの活躍も目覚しい。アメリカのリサ・ライター(1968〜 )の場合、今年のアーモリー・ショー(ニューヨーク現代美術フェア)の宣伝広告の印刷物のすべてに彼女の作品が使用され、値段も急激に上昇している。100号から150号のキャンバス作品でまだ200万円から400万円だが、入手は極めて困難。

 ローラ・オーエンス(1970〜 )も、200号の大作ではあったが、今春のフィリップス・オークションでエスティメートを大きく上回る9万ドル(約1,000万円)で落札、今後の急成長が十分期待できる。

 画歴が10年に満たないこの二人に比べると、エリザベス・ペイトン(1965〜 )は初個展が1987年、今や各国の美術館で個展が開かれる中堅作家だ。2000年5月のクリスティーズNYのオークションで10号大の油彩作品が、エスティメートの2倍以上70,500ドル(約1,000万円)の値をつけて話題となった。昨年11月のサザビーズNYでは4号の小品に100,800ドル(約1,200万円)、今年5月のクリスティーズNYでは、紙にインクの小品がエスティメート3倍以上の41,825ドルの高値となり、ウォーホル以後のこの優れた肖像画家の人気の高さをうかがわせた。

 オリジナル1点物のキャンバス作品は高価で手が出ない、そんな人たちにも手が届く作品それこそが版画である。今活躍中の新進作家たちにも同じことが当てはまる。キャンバスの大作はたとえ多作の作家であっても年間十点前後から、多くても数十点だが、版画は部数30から50を制作可能、価格は大体1/100である。新進作家の今後の活躍に注目しながら、自宅に彼らの版画を飾って友人に自慢する。独りで眺めて楽しみ、時には癒される。それが21世紀的なアートの楽しみ方ではないだろうか。