トップページ > アートな生活 > アートをマーケットから読み解く アートディレクター広本伸幸

ディレクター広本の『アートをマーケットから読み解く』
灰皿(アッシュ・トレー)は姿を消したが、アッシュ・キャン(屑入れ)は美術コレクション (2004.03.15)
最も不景気な2月だが、ロンドンの美術市場は例外。クリスティーズ(2004/2/2)、サザビーズ(2004/2/3)と相次いで開催。印象派、シュルレアリスムなど173点、7,250万ポンド(約145億円)を売り上げ、昨年の4,830万ポンドから50%の売り上げ増となった。

コンテンポラリーでは、昨年のターナー賞受賞作家グレイソン・ペリーの作品が、オークション初出にもかかわらず、エスティメートの倍の36,000ポンド(約720万円)で落札。マレーネ・デュマスの作品も倍の151,000ポンド(約3,000万円)。この2点を落としたのは大コレクター、チャールズ・サーチ。アメリカのジャン=ミシェル・バスキアの作品は、エスティメート内の430,850ポンド(約8,600万円)にとどまったが、97年に161,000ポンド(約3,200万円)で落札されており、7年足らずで2.5倍の値上がりである。
McSorley's Bar
ジョン・スローン(1871-1951)
「McSorley's Bar」 1912年

Smiling Tom
ロバート・ヘンライ(1865-1929)
「Smiling Tom」 1924年
英米の現代アートが市場を占拠する中、他国の作家で奮闘しているのが、ドイツのタイマンスといったところか。ヨーロッパ、特にイギリスの伝統と絆を維持しつつも、独立を目指したアメリカ美術。その底流にあるのは、美術における民主主義ともいうべきものだ。何かを仄めかしたり、隠喩的な表現ではなく、都会に住む下層階級の生活、つまり現実そのものを描いた絵。それはヨーロッパの美術とはまったく別種のものと言える。

アメリカ独自の美術を生み出した画家は8人、個々の名前よりジ・エイトと呼ばれる方が多い。その中の2人、ジョン・スローン(1871-1951)、ロバート・ヘンライ(1865-1929)が代表格だが、彼らは皆最初は、新聞の報道画家、つまり挿絵画家だった。ハーフトーンすなわち写真を複製印刷する技術が開発される1900年以前、事件現場や流行の先端をリアルに伝えるのは新聞の挿絵しかなかった。ジョゼフ・ピューリッツァー、ウィリアム・ハーストといった新聞業界の大立者が販売競争に勝とうと、一般受けするニュースの挿絵や政治風刺漫画で紙面を飾ったのである。

しかし、報道画家の仕事はわずか10年で終わる。仕事場のフィラデルフィアからニューヨークに移り、「絵はニューヨークの街路の雑踏と同じように、私の生活の一部」とスローンが語る通り、いわゆるニューヨーク・シーンが新しい美術の主題となった。
今は全米の美術館に収蔵されるジ・エイトの作品も、当時の展評では「多くの人が居間に飾るには相応しくない主題」と酷評され、ジ・エイトはアッシュ・キャン・スクール(屑入れ派)と呼ばれたのである。