トップページ > アートな生活 > アートをマーケットから読み解く アートディレクター広本伸幸

ディレクター広本の『アートをマーケットから読み解く』
@GALLERYタグボートの本拠地は246沿い、アメリカのモダン・アート発祥の地は291  (2004.04.19)
前々回、エドワード・ルッシェは買いの作家の一人だ。

上昇率は高くないものの、優品がオークションに出品されれば数十億円のマティスは、パトリック・ヘンリー・ブルース(1881-1937)やマックス・ウェーバー(1881-1961)らの直接の師であり、間接的にはウェッセルマン(1931- )やステラ(1936- )といったアメリカ美術を代表する作家たちに大きな影響を与えたことは重要である。そのマティスの作品をアメリカで初めて紹介したのが、アルフレッド・スティーグリッツ(1864-1946)であった。

Self-portrait
アルフレッド・スティーグリッツ
(1864-1946)
「Self-portrait」1907年

スティーグリッツは写真家として、また女流画家ジョージア・オキーフの夫として有名だが、ヨーロッパとアメリカの同時代のモダン・アートを取り扱う画廊主だったことは余り知られていない。ヨーロッパで学び、フォーヴィスム、キュビスムなどの当時の前衛美術に触れ、また新しい写真作品を紹介しようと、友人の写真家エドワード・スタイケンとともに1905年にリトル・ギャラリー・オブ・フォト・セッションを創設、1907年以降絵画作品も展示するようになる。1908年に初のマティス展、1911年ピカソのキュビスム展、1914年ブランクーシ展、1916年オキーフ展といった具合に大衆には受け入れがたいウルトラ・モダンの展覧会を果敢に開催していった。

From the Back-Window
アルフレッド・スティーグリッツ
(1864-1946)
「From the Back-Window, "291"」


画家マースデン・ハートレー(1877-1943)が「この種のものでは世界最大の小さな部屋」と称した画廊は、ニューヨーク、五番街291番地のビルのロフトだったため、通称291として知られることになる。スティーグリッツの野心は、アメリカ美術を明らかにアメリカ的な性格を失わずに、西欧美術の主流に結びつけることによって、その偏狭性を打破することにあった。1917年に閉廊されるが、当時の保守的なアメリカ美術に《実験的美術》と《美術における質》の2つの概念を導入し、今日のアメリカ美術の基盤を作った功績は大きい。

またアッシュ・キャン・スクールのスローンやヘンライが写真によって報道画家の職を追われ、写真家によってモダン・アートがもたらされたことも因縁を感じさせる。だが、今は写真も絵画と同じアートとして扱われ、チャック・クロースの作品は一層時代を表していると言えるかもしれない。