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ディレクター広本の『アートをマーケットから読み解く』
WPAってIT用語ではありません (2004.05.17)
MoMA(ニューヨーク近代美術館)開館の年、つまり世界大恐慌勃発の年は、アメリカ史上最悪の不況の始まりであった。1932年には全労働者の4分の1に相当する1200万人が失業、この年大統領に選ばれたフランクリン・ルーズベルトは大規模な公共事業計画の《ニュー・ディール》政策を実施する。

アーティストたちは景気の良いときでもギリギリの生活を強いられる。それが不景気ではアルバイトもままならず生活すらできない。そんな彼らを救済するために、政府は月給制で雇い、銀行、駅など、公共建造物の装飾や版画、ポスターの制作、教育などの仕事をさせたのである。その人数とこのとき手がけられた作品の総点数は、3,600人・作品16,000点(バーバラ・ローズ著『20世紀アメリカ美術』)とも、1万人・作品40万点(村田真氏による「artscape」掲載記事)とも言われ、資料により数字がばらばらだが、WPA(Works Progress Administration 公共事業促進局)が、FAP(Federal Art Project 連邦美術計画)の壁画、絵画部門で雇った画家には、スチュアート・デイヴィス、国吉康雄、デ・クーニング、ポロックなども含まれていた。
Self-portrait
アーシル・ゴーキー(1904-1948)
「Sketch for Marine Building Mural」1939年
バスターミナルや空港、放送局、学校、集団住宅などの壁画は、場所に相応しい題材が描かれた。駅に到着する列車、働く群衆、通信と輸送の歴史などである。残念ながらこれらの壁画はほとんど残っていない。アーシル・ゴーキーの壁画『飛行機・空気力学的限界内における形態の展開』(1936年頃)はニューヨーク・ニューアーク空港の古いビル内で10年前は見ることができたが、現在はどうだろう。ポスター類は議会図書館をはじめ多くの美術館にコレクションされている。

さて正確なアーティストの雇用者数は5,219人(1936年11月1日時点)、1935年から43年までの9年間に制作された壁画2,566点、彫刻(建築装飾及び台座を含む)17,744点、絵画作品(水彩を含む)108,099点、版画11,285点(全エディション約25万点)、デザイン関連22,000点、ポスター35,000点(印刷部数約200万部)、それらに要した費用なんと約3,500万ドル!(註)
Self-portrait
キース・へリングも世界中でたくさんの壁画を残した。
(写真はタグボート取扱作品「グローイングV」)
ニューヨーク、レキシントン・アヴェニュー599番地(E52&53)にあるリキテンスタインの壁画は、このWPA のFAPの歴史の上に存在し、バスキアのグラフィティ(落書き)もその落し子と言えるかもしれない。
(註)"Final report on WPA Program:1935 to 1943",Washington,D.C.:Federal Works Agency,1946,Table XVI,p.133より転載されたFrancis V.O'Connor編《Art for the Millions ---Essays from the 1930s by Artists and Administrators of the WPA Federal Art Project》、1973,New York Graphic Society, p.305を参照した