トップページ > アートな生活 > アートとの付き合い方 ギャラリスト小山登美夫 / 2018年、トーキョーはアート天国になっているかも!しれない。(2004.01.15)

ギャラリスト小山登美夫が語るアートとの付き合い方
2018年、トーキョーはアート天国になっているかも!しれない。 (2004.01.15)
小山氏(以下K):日本のアートの状況がこの15年でもっとポジティヴにならなかったら、この先は難しいと思う。今2003年だから(インタビューは2003年12月末に実施)15年後は2018年、その頃には東京にもギャラリーが100軒くらいできていて…。そういうヴィジョンがあるんです。

タグボート(以下T):ニューヨークのチェルシー地区みたいな感じですか?次から次へ、いっぺんにいろんなギャラリーがみれる。集積の利点は大きいですよね。

K:そうそう、それくらいになればアート観光立国できるでしょ。イギリスなどはアート観光立国している。イタリアもアメリカもそう。日本のおじさんでも、そこではアートを見ることになるでしょ。

T:その点日本はまだまだですね。大勢の人が楽しくギャラリー巡りをして過ごす土曜日の午後、を実現するために必要なことってなんでしょうか。今はまだ規模的に通常のマーケットのジャンルとしても成立していないような状態ですよね。

K:そう、アートがマーケットとして成立していない日本には、自前のジャッジメント機構がない。例えば、抽象表現主義の、アーティスト、ポロックと批評家グリンバーグ(注釈*1)のような関係性が健全に存在しない。

T:村上隆氏がオーガナイズされている「ゲイサイGEISAI」についてはいかがですか?

K:アーティスト村上隆とオーガナイザー村上隆はまったく別。「ゲイサイ」はアメリカの人にとっては理解不可能なところがおもしろい。レギュレーションを新しくすることだから。だけど、日本の観衆にはいい意味での無邪気さのようなものがあるので、「ゲイサイ」を通じて、アートの状況を大衆の力で変えていくことができるかもしれない。

T:お金持ちの余剰資金が趣味的に流れているだけでは、本当のマーケットにはならない。普通の人がアートを楽しむことが普通にならないと。その点、現代は自分なりの価値観やものさしが増えてきているので、状況は変わりつつある、といえますよね。東京がアート天国になる日も遠くない。

ところで、小山さんと村上氏との出会いのきっかけは何だったのですか?

K:これは結構いろいろなところで話しているんだけど、村上さんとは芸大時代にも出会っているみたいです。その次は僕が東高現代美術館にいた頃で、デヴィッド・リンチ展のとき、大ファンだった村上さんからオープニングに入りたいと頼まれた。彼はデヴィッド・リンチのサインもらいまくってたよ、並びなおして、何回も(笑)。

それから村上さんが展覧会のプランをもってきた。ちょうど彼が日本画から現代美術へ向かっていた頃。当時は、フォーマリズムのなれの果てみたいなどろーっとしたペインティングばっかりで、若い人の現代アートのマーケットはないに等しかった。それを何とかしたいと思った。「違うかたちでしのぎたい、マーケットを変えたい!」と思って。僕らは、それまでの、目立たないように、という美術界の大原則に反して、派手であることとイベント性というか、そういうことで打ち出していった。

まだバブルの頃で、今はなくなってしまった東高現代美術館とかハイネケンビレッジ、キリンアートビレッジにスパイラルなど活発な企業サポートがあったことは特筆すべき。この時代をまとめて振り返ることも意義のあることだと思う。

T:スパイラルではG9:New Direction(1998年)のオーガナイズもされましたよね。あれは印象的なイベントでした。

K:そうそう、そして1996年に自分のギャラリーをオープンしてからは、積極的にアートフェア(海外の)に出て行くようになった。チャネルは広げて、増やさないとね。

NYのオークションで日本のアーティストの作品が高値落札、東京でも森美術館のオープンなど、なにかと現代美術の話題が多い2003年でしたが、その裏側には現代アートにかかわる人々の果敢な挑戦の積み重ねと、将来への大きな夢があるのです。タグボートも、もっとアートな楽しい街になっている15年後の東京をイメージして、気持ちも新たに2004年を迎えたいと思います。


注釈*1 エド・ハリス主演の映画「ポロック 2人だけのアトリエ」をチェック!映画のなかで"クレム"の愛称で呼ばれる太ったおじさんが、かの有名な美術評論家クレメント・グリンバーグです。グリンバーグの理論付けは、ポロックの抽象表現主義が新しいアートムーヴメントとして世に認められていくために大きな役割を果たしました。