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幕内政治が覗いたおすすめアートイベント情報

田口和奈 そのものがそれそのものとして

ShugoArts

東京都江東区清澄1-3-2-5F

4/11(土)~5/23(土)日月祝休

12:00~19:00

田口和奈090411.jpg

Kazuna Taguchi It is as it is

ShugoArts

1-3-2-5F,Kiyosumi,Koto-ku,Tokyo

4/11(Sat)-5/23(Sat) closed on Sunday,Monday and national holiday

12:00-19:00

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ユニークなアプローチがスタイルへと力強く昇華する。

ShugoArtsでの田口和奈さんの個展です。

ここ数年、数多くのアーティストの作品や展覧会を拝見してきて、そのことについては多少は胸を張っていいかな、と思っているのですが、そういったなかで田口さんはちょっと特別というか、初めてその作品に接したときの印象とそれ以降とのギャップがもっとも大きな方のひとりで。

最初に拝見したときは、正直まったく分からず...。ただのモノクロームの写真にしか見えなかった作品は、それでも、分からないまでもなんだか「気になる」存在で、以降そのユニークな行程を知ってあらためて興味が沸き、モンタージュの作品を拝見してノックアウトされてから後は常にそこに漂う独特の気配とどこまでも深くへと沈み込んでいくような闇の奥行き感に魅せられて、今ではむしろ前傾姿勢で「気になる」アーティストの一です。

もっとも、最初にその魅力に気付けなかったことは記憶にしっかりと残っていて、田口さんの作品を拝見するたびに、大げさにいうと「懺悔」の気持ちが沸き起こり、第一印象で決めてしまうことの危うさともったいなさを思い出させてくれるんです。

そして今回の個展では、僕が初めて拝見した田口さんのシリーズ、天体を描いた作品が登場していて、その面白さに、深みにあらためて接する機会が得られたことがとにかう嬉しく感じられます。

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空間を支配する情景。

展示されている5点のうち3点が天体がモチーフとなった作品。

今では多くの方がご存知の通り、田口さん自身の手による絵画が被写体となり、撮影された写真作品で、大きな画面に引き伸ばされ、壮大なスケール感を放っているように感じられます。また、黒のフレームに収められ、それが空間的にシャープにトリミングするような効果をもたらし、イメージもいっそう膨らんでいきます。

そして、至近で眺めると微妙にキャンバスの目地が見えるようであったり、また引き伸ばされることで極小のストロークが広がって不思議なグラデーションをもたらしていたりと、ユニークな過程がさまざまな効果やテクスチャーをもたらしているのも大変興味深いです。

また、繰り返しになりますが、もっとちいさな画面を引き伸ばしていることで写真自体の密度が薄まり、本来意図した密度を再現するために写真の上から直に白い点が描き加えられていて、それが独特なスリルをもたらしているようにも思えてきます。低反射のアクリルが画面にかぶせられているためにテクスチャーとしての臨場感は抑えられているのですが、明らかに異なる質感の「白」の輝きが広がっていて、至近で拝見したときのミニマムな面白さが加速します。

感覚的に、写真に「描く」行為、絵の具などを重ねる行為はタブーなような気がして、敢えてその写真としてのナイーブな部分へと踏み込まれているのがたいへん興味深く、田口さんにとって自身のクリエイションのもっとも大事な部分がどこにあるかを思い起こさせてくれるような気もして、いっそうその世界に入り込んでいきます。

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女性がモチーフとなった作品。

ポートレイト風の展開からだんだんと情景や気配を思わせるように変化してきて、今回出展されている作品はその気配がより繊細に、深遠に漂っているように思えます。

ふわりと広がるモノトーンのグラデーションのなかに浮かび上がる女性、意識があるようなないような、なんとも不思議な表情が作り込まれ、異界のオーロラのような雰囲気とともに揺らめく空気感を奏でます。

そしてこの作品でも、絵画的な味わいがその気配に深みときわめて繊細な混沌をもたらします。キャンバスに筆が擦れあう音が聞こえてきそうな筆痕がある瞬間に際立って意識に主張を始め、この緩やかなで幻想的な気配から一気に現実的な雰囲気へと引き戻してしまうかのような...。

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奥まった一角には、今回初めて拝見するモチーフ、樹木の作品が。

田口さんの制作過程を考えると、おそらくはひとつの木から描かれてはいないだろうという想像が湧く時点で既に、この幽玄な気配へと引き込まれてしまっているように思えます。

ペインティングを撮ることでもたらされる色彩感も鮮烈で深い魅力を放ちます。独特のグレートーン。レンズを通過し、印画紙に引き伸ばされることでペインティング時点でのグラデーションに変化がもたらされるのはおそらく間違いなく、それがここでしか出し得ない色調を生み出しているようにも思えてきます。

そして何より、画面に佇む樹木の圧倒的な静謐、さらに細かい枝が画面上でかさなり、交錯することで生まれる混沌にも視点が引き寄せられていきます。無音の音のイメージ、陰影がもたらす気の流れ、現実にある空気感とは明らかに一線を画す雰囲気が満ち溢れているように思えてきます。

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たいへん野暮な考えですが、ペインターがもつジレンマに、自身が作る作品は基本的にそれ1点しか存在しない、有り体に申し上げると「複製」が存在し得ないということがあるように思えます。

それを覆すためのアプローチに版画や出力があり、おそらく自身が描いた作品を撮影して写真作品として発表するのもその手法のひとつだと思います。

しかしそれをやってしまうことの後ろめたさというか、観る側にとってもそういう過程を経て複製化された作品に対してはなんとなく残念な感じがするというか...。

翻って、田口さんの作品にはそういった印象は微塵もなく。

単純に複製化を目的とするようないわゆる「安易」とは隔絶の距離を置き、むしろその手法だからこそ表現しうる世界観を手にするだけでなく、その世界を作り上げるすべての過程に必要性がもたらされているように思えるんです。そしてその積み上げが分厚い説得力を生み出しているように思えます。

「そのものがそれそのものとして」というタイトルにもあらためて感じ入ります。

「それそのもの」がいったい何を示すのだろう、と想像し始めると、それだけで時間を忘れて没頭してしまいそうです。

これからどういった情景が紡がれていくのだろう、と、好奇心も静かに煽られます。

今後の展開も実に楽しみです。

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