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タカの部屋 人気写真家鷹野隆大が各界の著名人をゲストに迎えてインタビュー

第1回 港千尋x鷹野隆大「反権力」 2008年5月22日 BOOK246にて

鷹野隆大がホストを務め毎回多彩なゲストを迎えて写真について存分に語る「タカの部屋」。記念すべき第1回は写真家であり、同時に「記憶」「映像」に関する多数の批評書を著している港千尋氏とともにお送りします。テーマは「ブラジル」と「反権力」? 写真とブラジルと権力はどう結びつくのか!?

出演者プロフィール

鷹 野 : 港千尋さんを第1回のトークのお相手に迎えてお送りしようと思います。港千尋さんとは2007年の韓国でのグループ・ショーでご一緒しました。『映像論』『影絵の世界』など多数の著作があり、これまで僕は写真家というより思索家という印象で捉えていました。ところが実際お会いしたら全然違うんですね。むしろ逆で、見たものすべてを撮るくらいの勢いで写真を撮っていらっしゃる。そのうえ「僕は写真を撮らなかったら何も考えられなかった」と言う。これは港千尋を一度解剖しなくてはいけないなと思ったんです。写真を撮ることが、港さんの深い思考とどのように関係するのかは、すぐにはちょっと理解できませんから。そしてもし、ここを解明できれば、「写真」というものを知る上で、とても大切な何かを垣間見ることができる気がするのです。というわけで、今日は港千尋をあばく会です(笑)。本日は特別に、これまでどこにも発表したことのない最初期のブラジルを撮った作品を持って来ていただいてるんですよね。やはりこのあたりにナゾを解く鍵がある気がするんですが、そもそもなぜブラジルだったのですか?

港 : 僕がブラジルに行ったのは早稲田大学在学中、80年代の始めです。なぜ行ったのか。大学が面白くなかった。日本にいたくなかったのです。一番遠いところへ行きたかったというかね。ちょうどアルゼンチンの会社が留学基金を立てて参加者を募っていたんですよ。それでどんなところかもわからぬまま、南米という言葉の響きだけで行くことを決意しました。そのときカメラ会社に勤めている親戚が餞別代りにと一眼レフのカメラをくれたんです。もう会えないかもしれないと思ったんだろうね。僕は、それまで写真なんか撮ったことがなかったんです。

鷹 野 : ブラジルじゃなくてアルゼンチンだった?

港 : ええ、元々はね。ところが、出発前日にアルゼンチンで戦争が始まってしまって、空港が閉鎖されて飛行機で行けなくなってしまったんです。マルビーナス戦争、一般的にはフォークランド紛争といった方がわかりますかね(注)。それで陸路で行かざるを得なくなった。まず、ベネズエラへ入りそれからアマゾン。放浪の旅ですよ。ようやくブラジルのリオ・デ・ジャネイロまで辿りついたときには出発して2、3ヶ月後でした。ところが着いてみたら、こんなに楽しいところはない。ブラジルにずっと居ちゃって。

鷹 野 :  僕もブラジルは92年に行きました。とても解放感のあるところで、また行ってみたい土地のひとつです。ただ今治安が悪いですよね。

港 : 当時もそう。けれどもリオというのはそうした貧困や犯罪など、負のエネルギーの部分もひっくるめて魅力があるというか、それがゆえの生の輝きを放っている気がする。とにかく人が美しい、けれどもその美しさは死と隣り合わせにある。人の魅力に惹かれて毎日カメラをぶら下げて朝から晩までぶらぶら写真を撮っていましたね。リオはちょうど独裁政権に反対するブラジルで初の民主化要求のデモが始まった時だった。毎晩がデモ、まさに爆発したように。当時日本ではこういうのないからびっくりしました。たぶんこのときのブラジルでのもろもろの体験で、それまで日本の教育で形づくられた自分の価値観が1回リセットされたんだと思います。

鷹 野 : 結局アルゼンチンには行ったんですか?

港 : それからサンパウロにいて、アルゼンチンの基金の本部に着いたときには半年以上経っていた。「もう君は来ないのかと思った」と言われて(笑)。でも自分にとっては南米で過ごした日々が貴重な経験だった。

鷹 野 : そうした経験の積み重ねがあって、その後文章を書き始められたわけですが、でも写真は必要だったのですか? 経験のなかで感じたことを文章にする、それだけでも成立してしまう気もするのですが。

港 : もしカメラを持っていなかったら、ああいう風に人間を見ることはなかったですね。普通、型にはめて人間を見るじゃないですか。写真はそこから少し自由にさせてくれた。関係にしてもそうですね。写真がなかったら関われなかったかもしれない人やものが、「撮る」という行為によってそこに関わりが生み出される。そして人間っていうのは何なんだろうと考え始める。そういうプロセスを歩んできた気がします。撮らなかったら、記憶、意識、感情、そういうことに気がつけなかったのではないかと思います。

鷹 野 : 写真を撮ることでその場に関わっていきたいという?

港 : シャッターを押すことで自分の中に刻まれる手応えはありますね。そういった経験の一回性に魅せられている。

それと、「現像してみるまでわからない」、フィルムの一眼レフを使って撮っていたことが良かったと思いますね。今見るとブレていたり露出が違っていたり。でも、間違うことができたのが良かった。今デジタル一眼レフを使うとほとんど失敗しないじゃないですか。写真というメディアの良いところは、失敗ができることだと思うのです。

鷹 野 : デジカメについては僕も言いたいことがあります。失敗はない、すぐ結果が見られる。あれはよくない。とくに「要る要らない」をその場で判断してしまうのは。その写真が自分にとって価値を持つかどうかなんて、撮った瞬間にはわかりません。5年10年経ってようやく分かるもんです。今撮った写真を「つまらない」とすぐ消してしまうデジカメの安易さは危険だと思いますね。

「ポルトアレグレ1982」©Chihiro Minato
1982年、港千尋氏がブラジルで撮影した写真。「この頃は作品を発表することも考えていなかったし、ただ撮りたいものを撮っていた。カメラがあったら人間何をするのかという原点だけがあった」

港 : 同感だね。最終的にその写真がいい悪いって決めるのは僕らじゃない、写真が決めるんだよ。ブラジルで撮った写真、実は旅行中に僕は見ていないんです。日本で現像したから。旅行を終えて1年半くらいして帰るまで自分が何を撮ったかわからない。そこがまたいいところ。記憶の底に沈んでしまった中から何かが浮かび上がる。そしてその時にはもう、作家が一番わかっているとかそういうことから自由になれる。作家が考えているんじゃない。写真の方が考えている。

鷹 野 : 写真のように記憶しているって、人間の感覚にはないんですよね。人間の記憶はある時間の塊のようなぼんやりとしたイメージだと思うんですよ。しかし、その塊のどこに意識を向けるか、ここから見るのか、それともこっちから見るのかということによって記憶のあり方が変容する。

港 : そう。記憶というものはある感情と結びつくとものすごく強いものになる。だから写真は最終的に構図がいいとかそういう話ではなく、撮ったときのドライブ感というか、それが知りたくて撮るのではないか。そしてそれは後になってわかることなんです。以前自著にも書いたのですが、写真とは、「未来に先回りする手段」なのではないか。

鷹 野 : 先回り? 僕は「今」という時間を後世に向けて流していく、そんなイメージを持っていますが。

港 : 僕は上流に行く術なのかなと思っている。今ここで撮った写真が10年後に流れてくるってことでしょう。たとえば10年後の自分に。

「パリ2008」©Chihiro Minato
港千尋氏の最新作。「パリ市内の、ある家の物語を今撮っています。人の住まなくなった家の取り壊し最中、現場を請け負っているアフリカ系移民の業者がストを起こして住み始めてしまった。不当に移民から搾取するフランス政府に対するNoであり、同時に生活が普通にそこで営まれている様子が面白い」

鷹 野 : そういう接点をつくってくれるのが写真というかカメラだと。

港 : そういうことですね。ただ意識的に考えてそうなっているわけではないところが面白い。ともあれ、僕はカメラを持っていなかったらこの人たちと出会うことはなかったと思うんですよ。僕は人に、人生に興味がある。写真じゃなくて。でも写真が僕の人生をつくってくれた。そういう気持ちは強いですね。

--会場からの質問 : 写真を撮ることもひとつの経験とおっしゃっていて、けれども撮られる側もたとえば泳いでいるとか食べているとか、違う経験をしているわけですね。そこで生まれる関係があると思うのですけれども、魅力を感じてその対象を撮っているときにその人の経験と自分の経験とのズレをどう感じられていますか?

港 : そのズレを感じていたら撮れなかったかもしれませんね。たとえば極端な例かもしれませんが、戦場に行って今自分の夫が殺されたばかりの女性がいて泣き叫んでいる。死体を前にして。それに対してカメラを向ける写真家が普通にいるわけですね。それに対して、今助けを求めている人がいるのになんてモラルのないことを、常識的に考えれば非人間的じゃないの? という見方があるかもしれません。しかし、写真家はそういう風には考えないのです。写真家はカメラがあるからその場にいることができる。それがなかったら1時間もそんな場所にとどまることはできない。写真家だって通常の人間だから。それはカメラがあるからできることなのです。写真家というのは、ある部分でそういう「麻痺」をすることができる存在ではないかと僕は思っています。良い悪いの判断は後で来る。しかしその瞬間はカメラを通して人間と一対一で対峙する。それが写真家である。

「ポルトアレグレ1982」©Chihiro Minato
この町はかつてアフリカから強制連行された人たちが奴隷として「荷揚げ」された町だという。その名残で、いまも黒人の人たちが多い。わかりにくいけれども、写真に写っているのも、黒人の女性。

鷹 野 :  結果的にそれが未来に向けて記録を残すことでもあるわけですね。

港 : 写真は日常の常識をあえて切り崩す力を持っている。だからそれはときに危険な場所でもあって、きれいな風景だけが写真じゃない。撮るということはそういう危険な場所に誘惑されることでもあるということも忘れてはならないと思います。それはときに、権力的・暴力的な行為にもなることだってある。僕はそれを89年に東欧の民主化革命を取材しているときに痛感しました。(詳しくは91年刊行『群集論』に書き綴られている)

鷹 野 : 表側だけではものごとは成立しない。裏側もあるわけでそちらも見ようと。写真家はそこと対峙する者であると。しかし場合によっては、港さんが言われたように、撮ること自体が権力や管理することにもなるし、反対に同じその記録行為が権力に対抗する力や生きている人たちの気持ちみたいなものをすくいとることにもなりえる。そうした両義性を持っているものだということですね。いずれにしても写真家は写真を撮ることで人間と関わることができる。そういうことでしょうか。

港 : しかしスナップ写真をやっている人の、隠れた裏とか隅とかに誘われていく性(さが)というのは、最終的には恋愛論にも関係していくと思うんですけどね。

鷹 野 : おっと、最後の最後で一番突っ込んでみたい部分が出てきてしまいました(笑)。港さんの「愛」についても実はいろいろと伺ってみたかったですが、時間が来てしまいました。
続きはまたの機会にということで。本日は素晴らしい話が聞けて楽しかったです。
ありがとうございました。

(2008年5月22日 南青山Book246にて/記事構成=安田洋平)

(注)フォークランド紛争(マルビーナス戦争)……南アメリカ大陸のほぼ南端、アルゼンチン本土からおよそ500q沖合の大西洋に位置するフォークランド諸島(英名。スペイン語ではマルビーナス諸島)の領有権を巡って1982年3月19日から同年6月14日まで続いた紛争。サッチャー政権下のイギリスが勝利を収めた。アルゼンチンはこの敗戦がきっかけとなり軍事政権が撤退、一気に民主化が進むこととなった。両国の国交は断絶となっていたが1990年に回復。しかし現在も同諸島の領有権は両国が主張し続けている。ちなみにFIFAワールドカップメキシコ大会でマラドーナらが活躍、アルゼンチンがイギリスを2対1で破ったのは1986年のことである。

トークショー休憩時間に・・・

休憩時間には、参加者の皆さまが港氏、鷹野氏と歓談。

 

ゲスト紹介

港千尋(ミナト チヒロ)
写真家・批評家・キュレーター。
1960年神奈川県生まれ。1984年早稲田大学政治経済学部政治学科卒業。

世界を移動しながら、写真、映像、メディア、テクノロジーなど幅広い分野についての考察を深め、映像人類学の視点などから、「記憶、映像」等を主題とし、創作・批評活動を続けている。1995年より多摩美術大学情報デザイン学科教授。2002-2003年度、オクスフォード大学とパリ大学で客員研究員を務める。アジア各地の映像作家やアーティストを日本に紹介する展覧会を開催するなど、キュレーターとしての顔も持つ。2007年に行われたヴェネチア・ビエンナーレでは、日本館コミッショナーを務めた。
主な作品集に『波と耳飾り』(新潮社 1994)、『明日、広場で-ヨ-ロッパ1989-1994 』(新潮社 1995)、『文字の母たち Le voyage typographique』(インスクリプト 2007)など。
主な著作に『写真という出来事』(河出書房新社 1998)、『予兆としての写真―映像原論』(岩波書店 2000)、『洞窟へ―心とイメージのアルケオロジー』(せりか書房 2001)、『影絵の戦い』(岩波書店 2005)など。

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鷹野隆大プロフィール + ニュース

鷹野 隆大(タカノ リュウダイ)
写真家

1963年福井市生まれ、1987年早稲田大学 政治経済学部卒。1994年より作品を発表。2006年 写真集『IN MY ROOM』(2005年 蒼 穹舎刊)にて第31回 木村伊兵衛写真賞受賞。
セクシュアリティをテーマに他者との関係性を問い直す作品を発表している。
個展 2000年「ヨコたわるラフ」(ツァイト・フォト・サロン,東京)、2005年「Common Sense」(同)、2006年「In My Room」(ナディフ,東京)、2006年「男の乗り方」(ツァイト・フォト・サロン,東京)、2007年「毎日写真」(ギャラリーアットラムフロム,東京)など。グループ展に2001年 「手探りのキッス 日本の現代写真」(東京都写真美術館 他)、2004年「日常の変貌」(群馬県立近代美術館)ほか海外でも展覧会多数。
パブリック・コレクションとして、東京都写真美術館と国際交流基金、川崎市市民ミュージアム。
作品集として、『IN MY ROOM』(2005年 蒼穹舎)、”カ・ラ・マ・ル”シリーズによる『鷹野隆大 1993-1996』(2006年蒼穹舎)。
近年『新潮』(2006 6月号 pp.190−191)や『週刊朝日』(2006年 5/19号 pp.5-15)にエッセイが掲載されるなど文筆活動も行い、評価を得ている。2007年には「月刊たかのカメラ」と題し、エッセイを一年間連載した。
2008年度の展覧会として、個展“ぱらぱら” (6/6-7/3ツァイト・フォト・サロン,東京)、グループ展 “液晶絵画 スティル|モーション”(4/29〜6/15 国立国際美術館, 大阪、8/23〜10/13 東京都写真美術館, 東京)、 “Backlight 2008 Tickle Attack” (9月〜11月 Photographic Centre Nykyaik, タンペレ, フィンランド、他ヨーロッパ各都市)他。

ニュース

鷹野隆大作品展
『ぱらぱら』
2008年6月6日(金)〜7月3日(木)日、月、祝休み
開廊時間:10:30〜18:30(土〜17:30)
会場:ZEIT-FOTO SALON
http://www.zeit-foto.com/exhibition/next.html


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バックナンバー

第2回 「いい男論」 笠原美智子×高野隆大

鷹野隆大がホストを務め毎回多彩なゲストを迎えて写真について存分に語る「タカの部屋」。第1回のテーマは、写真家の港千尋氏をお招きしての「反権力」でしたが、今回はうってかわって、「いい男論」でお送りします。ゲストは、ジェンダー(注)を切り口にした数々の写真展の企画で知られ、ベニス・ビエンナーレのコミッショナーも務められた東京都写真美術館の笠原美智子さんです。「いい男」を論じると、ジェンダーが見えてくる!?

第2回インタビューはこちら >>

今後のスケジュール ※あくまで予定ですので、都合により変更する場合もございます。ご了承ください。

サイト公開 ゲスト タイトル 対談内容
8月 笠原美智子氏
(東京都写真美術館事業企画課長)
「いい男論」 レオン・ライを巡って、エロスの着火点を探る。
10月 山本想太郎氏
(建築家)
「サッカーはアートを救えるか」 サッカーと、建築・写真の共犯関係、対立関係について解き明かす。
11月 竹内万里子氏
(写真評論家)
「パリフォト 現地レポート」 パリフォトの今年のテーマは「日本」。ゲストコミッショナーを務めた写真評論家竹内氏に話を伺う。

11月以降のゲストとして、ヴィヴィアン佐藤氏(非建築家)、宮村周子氏(ライター)、会田誠氏(美術家)を予定しています。

企画協力:YUMIKO CHIBA ASSOCIATES / ZEIT-FOTO SALON / BOOK246