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ギャラリーレポート GALLERY REPORT 有名な人、有名な写真展

 Galerie Sho Contemporary Artの入口の扉の一面にマウントされたミック・ジャガーのモノクロームのポートレイトが出迎えてくれる今展覧会。「有名な人」「有名な写真」という2つのワードが綴られた展示タイトルで、写っている人、すなわち被写体が有名なのか、それとも写真家か、あるいは写真そのものが有名なのか、と観る前にいろいろ想像を巡らせるのですが、まずは「有名な人」、それももともと彫りが深くて濃い顔立ちのところに年相応の皺がキャリアの分厚さと現役であることへの自身をおおらかに物語る、そんな強烈な「有名な人」が冒頭に現れることで、被写体がメインかな、という第一印象。

 その第一印象は、Galerie Sho Contemporary Artの入口の階段を下り切る直前に否応なく目に飛び込んでくるヴィヴィッドな配色の女性のポートレイトによってへし折られます。深く透明感のあるブルーを背景に、こちらに向かって力強い視線を送るアーティフィシャル・ビューティ。

 そんな起伏の大きな導入を経て辿り着くギャラリーのメインスペースには、ほぼモノクロームのポートレイトを中心としてさまざまな作品が展示され、被写体、サイズ、額装、アプローチから展示方法に至るまで、実にバラエティに富んだ構成となっていて、じっくりと楽しめます。

まず印象的なのが、やはり、大きく引き伸ばされたミック・ジャガーのポートレイト。  同じ場所、同じ時に撮影されたと思われる3つのポートレイトに収まるミック・ジャガーの表情と佇まいはどれも表情豊かで味わい深く、しかもキャリアと自身に裏打ちされたおおらかさを放っていて、このキャリアにして今だに不良っぽさを失わない雰囲気に「うわ...やっぱかっこいいわ...」と暫し呆然。

 この向かいの壁面に展開されているアンディ・ウォーホルを撮影した作品群も、相当な見応え。
 それぞれの年代で、さまざまな写真家が撮影したウォーホルのポートレイトは、ミック・ジャガーのそれが醸し出す「演じられる素」とはかけ離れ、すべてに過剰な演出がもたらされている、意識的に「変人」を演じているようにも思えるし、同時にこの人の場合これが「素」なのかも、と思わせるほどの説得力も感じます。
バスキアとのツーショットでの妙に官能的な表情や、腹部のみにスポットを当てた生々しい写真が格別に喬れるに感じられた次第で。

 杉本博司による昭和天皇の蝋人形を撮影した作品の重厚なインパクトと、平間至の撮影によるポートレイトやファッショナブルな写真が散らばって、モノクロームながら豊かな色彩感を放つ壁面や、マイルス・デイヴィス、ピカソ、ダリなどのさまざまなアーティストのポートレイトが並び、それぞれが生み出した作品や音楽が鮮やかに脳裏に浮かんでくる通路部分、敢えて人ではなく風景写真だけで構成され、今回の展示のアクセントとなっている奥のコンパクトな展示空間、さらに奥で、千葉美都子や竹下修平といったフレッシュな個性もレコメンドされている、ひときわバリエーションに富んだ作品で構成された一角など、それぞれのコーナーでさまざまな記憶や想像力が刺激されます。

 この展覧会、記録媒体、そしてアーティスティックな表現方法、この「写真」というメディアが持つ2面性を引き出しているように感じられます。
展示されているすべての写真がその時の「今」を捉え、しっかりとその時代の感性が封入されているように感じられ、イマジネーションを刺激してくれます。
同時に、ある人はミック・ジャガーに、ある人はマリリン・モンローに、僕の場合は一時期ジャズに没頭していたこともあってマイルスのそれに引き寄せられたのですが、記録されるという写真のもっともプリミティブな機能が記憶に作用して、いろんな思いを蘇らせてくれるのも楽しいです。
 その一方で、より鮮やかに、美しく記録されていることの素晴らしさも印象に残ります。被写体の個性やその時代背景を、臨場感たっぷりに提示するためにどう捉えるか、ということに対して徹底して磨かれた写真家たちのセンスにもあらためて感嘆し、それが観る人と被写体との関係を豊かに、深くしているのかも、と思った次第です。