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松山賢さんにインタビュー

09年6月6日(土)よりギャラリー・ショウ・コンテンポラリー・アートで始まる、約一年ぶりの個展が注目されるアーティスト、松山賢さんにインタビューをする機会に恵まれました。 個展は油彩画、アクリル画、戦車の立体作品、レースの映像インスタレーションで構成されます。 自宅兼アトリエにて、氏の謎に包まれた(?)制作スタイルや素顔に迫ります。

戦車の模型にレースがあしらわれた立体作品。
悩殺グッズ&殺戮兵器のまさかのリミックス。

タグボート:松山さんの作品は、特徴的というか、インパクトが強いモチーフが目立ちますね。

松 山:幼少期の記憶や体験がきっかけになっているものもあれば、大人になってから目がいくようになったものもありますが、基本的に、「好きなもの」しか制作のテーマとして、取り扱いません。女の子にしても、おっぱいにしても、戦車にしても、そうです。

タグボート:実際に手がけるテーマ選びは、今後の展開も考えながら慎重に?

松 山:いいえ、まずは作ってみよう、という感じです。
作品テーマが「戦略的」と人に言われたことがあるのですが、そんなことは全然ありません。
そういう風に考えてみないこともないですが、逆にできたらいいなってぐらいです。
制作への動機は常にシンプルです。

タグボート:”女の子”が好きなのは解りやすいのですが、例えば”戦車”は珍しい嗜好ですよね?

松 山:子どもの頃ってそんなに色々と買ってもらえないですよね。
だから、欲しいものを自分で作っていました。
ロボットや迷路ゲームを紙で作ったり、粘土でヒーローもののキャラクターを作ったりしていました。
戦車のプラモデルもよく作っていました。

とても気さくな松山賢氏。話の端々から興味に対する強いこだわりも伝わる。

女の子は、たしか小学3年生の頃に描いてみたことがあります。
エッチな事に目覚め始めた時期とほぼ同時というわけです。
小学6年のときに、雑誌の記事のマンガの描き方というのを見て、「銀河鉄道999」のメーテルを描きました。小学3年のときに描いたものに比べて、ずいぶんと上手に描けるようになっていました。
裸を描いてから、その上に服を描くという描き方でした。
その後、映画雑誌に載っている女優のグラビアを描き起こしたりしてました。
このころやっていたことが、今につながっている気がします。

タグボート:グラビアに悶々とする少年期というのはイメージしやすいのですが、普通、描いてみるという発想にならないんじゃないでしょうか?
そこは軽々と飛び越えてますね。そこがアーティストたる所以というか素地というか。

松 山:欲しいものを作る、目の前にあらわしたいということだったんでしょうね。
女の子の裸ばかりじゃなくて、機関車とか虫や動物とかを作ること・描くことが好きだったということです。

タグボート:少年時代はそういった創作ばかり黙々と没頭していた?

松 山:いやぁ、スポーツだってやってましたよ。
でも考えてみれば、個人競技ですね。卓球部ですし。
学校の成績はよかった方ですが、体育だけはあまりよくなかったんです。球技などの団体競技が苦手でした。

アトリエの様子。制作道具の他に、棚には大量の書籍や映画音楽CD などが並ぶ。

タグボート:個人で没頭する派?
では、制作環境もかなり作りこんで籠ったりするタイプですか?

松 山:いえ、まったく(笑)
時間的なことでいえば続く集中力は、1〜2時間ってところでしょうか。
他の作家の中には、1日10時間とか15時間とか制作するという記事を読んだことがあるんですが、僕にはできないですね。
実際、制作していても気が散って、違うことを考えていたり、急に調べものがしたくなってパソコンに向かったりとか・・・。
アトリエのBGMも音楽番組とかラジオドラマを聞いています。

松山賢氏真骨頂。
現代に再現された見返り美人図。

繰り返し描かれた同じ模様は、手描きの為ひとつとして同じものがない。

モチーフの強さゆえか、一度視界から消えた表面の紋様が再び浮き上がってくる錯覚さえ覚える。 表面の境界線が持つ曖昧さに気づかされる瞬間。

タグボート:今後の制作活動としての構想はありますか?

松 山:んー、むずかしいですね。
いろいろと考えてはいて、「いつかは」というものはあります。たとえば、木彫をやってみようと思ったことがあります。
やってて面白くないとつまらないし、やり続けられない。
アイデアも意欲もあるので、これからも作りたいものを作り続けていきたいですね。