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タグボートセレクション 米田知子
タグボートギャラリーセレクション・シュウゴアーツの推す“旬”のアーティスト、米田知子。2005年9月にシュウゴアーツにて発表した新作《雪解けのあとに》をはじめ、人気シリーズ《見えるものと見えないものの間》、《Scene》など、一貫した作品テーマである「記憶」と「時間」について、ご本人にお話を伺いました。
タグボートギャラリーセレクション・シュウゴアーツの推す“旬”のアーティスト、米田知子
-米田さんは世界各地で写真を撮られていますが、新作の《雪解けのあとに》はハンガリーとエストニアに焦点を当てています。なぜこれらの国を選んだのですか?

日本人にとってなじみのない国に行くのが好きなんです(笑)。EUの国々をカメラに収めるという企画の一環(※)で、いくつかの候補となっていた国から選びました。ハンガリーは過去に訪れたことがあったし、エストニアは北欧に近くてきれいかな、と思ったので。それから、両国とも古い政治システムから脱却し、劇的な変化を遂げ、2004年にEUに加盟したという一連の社会的変化が共通していました。それぞれの文化、建物や人がどのような影響を受けたのかが見てみたかったんです。
(※EU・ジャパンフェスト日本委員会主催の「Europe Today」プロジェクトの一環として制作された写真集シリーズ『In-between』。日本人の写真家13名がEU加盟国の中から、それぞれ2カ国を選び、撮りおろしたもので、米田氏はハンガリーとエストニアを選んだ)



恋人
アウグスト
- ハンガリーの写真は「水」を、エストニアは「森」を、それぞれのモチーフとして取り上げられたそうですが?

まず、ハンガリーには観光の目玉にもなる有名な温泉地があり、水球や水泳といった競技が盛んです。オリンピックでも強いし、どこに行ってもプールがあるんです。バラトン湖にバカンスのふりをして訪れていた多くの東ドイツ人は、鉄のカーテン崩壊の引き金になった汎ヨーロッパ・ピクニック計画に参加し、そしてオーストリアの国境を超えて亡命を果たすことになる…このような歴史的な出来事も「水」を中心に起こったということに惹かれました。一方、エストニアはソ連に占領されていた時代に、いわゆる「フォレスト・ブラザーズ」と呼ばれる革命家たちが森に潜伏して独立を求めて闘ったという歴史があります。そういう意味で「森」は重要なモチーフだと思ったんです。


- 以前の《Scene》というシリーズでは、一見、平穏な風景が実は戦地であったというような歴史的な「場所」の現在の姿を撮られています。でも、このプールの写真は「恋人」に焦点をあてている。今までの写真とは少し違うと感じましたが、いかがでしょう。

これは子供用のプールに恋人たちがいるところですが、このプールも社会主義国の典型的な色と造りがまだ残っています。建造物はいずれ崩されていくかもしれないし、何年か後にはなくなっているかもしれない。でもこれはこれで、この国の今の姿なんだと思います。エストニアでレジスタンスの生き残りの人と会ったんですが、彼の写真もやっぱり撮っておきたかった。最近は人を撮ることが増えてきて、少しだけ物語的な要素を入れることを試したいという気持ちがありますね。


川
空地T
- 横浜トリエンナーレ2005に出品されている《震災から10年》は明石ご出身の米田さんにとってはぐっと身近な場所なのでは?

はい、震災直後は個人的な記録として被災地の写真を撮っていたんですが、今回はその10年後の姿を追いました。表面的には過去の記憶は全く消えているように見える…真新しい家々が建っているし、道路もとても奇麗に舗装されている。でも私には見えたんです、「ここで絶対に何かが起こったんだ」という見えない傷跡みたいなものが。芦屋市立美術博物館の近くなんですが、勤務している方も日常的に見ている景色で、いつの間にか街が元通りになっていったようです。今回の撮影で各地を一緒にまわったら「米田さんと一緒だと見える」って言うんですよ。10年前はモノクロでしたが、今回は被災地の今の姿をカラーでとらえました。また、低い位置から撮ると主観が入り、感傷的な写真になってしまうから、なるべく目線の高さで風景を撮るようにしました。




コルビュジェ
谷崎
- 一方で、《見えるものと見えないものの間》というシリーズでは、歴史上の人物の眼鏡を通して、その人に関係のある書物などを見せるというユニークな手法をとられています。その人の「目線」を通して何かを見るという仕組みですから、主観的な見方を求めているのですか?

このシリーズは、興味のある20世紀の著名人を選び、リサーチをして制作したものですが、その人の立場にたって考えて欲しいというよりは、見ている人がどういう見方をするか、こちらから投げかけているという気持ちかな…。考え方はどうぞご自由にという感じです(笑)。このシリーズはほぼ完結したと思いたいのですが、リクエストを多くいただいています。みんなヒーロー、ヒロインがいるでしょ。ジョン・レノンや手塚治虫とか、最近は「ヨン様はどう?」なんて(笑)。

- いくつかの作品について共通して言えるのは、その場所や人物に対して米田さんの判断や意見が色濃く反映されているのではなく、むしろ、目の前にあるものを客観的に撮り、見る側がそれとどう対話するか、ということのように感じます。

まさにそうですね。図々しく私の主観を人に押しつけたくはないし、見る人それぞれの想像力に興味があります。私たちの周りにあるものはすべて何かのシンボルなんですよ。それがどこまで見えるのか。ビジュアル・イメージだけでなく、その人のメンタル・イメージとか、ポリティカル・イメージを聞いてみたい。見る人の国籍によって感じることは違うだろうし、その人が受けてきた教育、年齢も違いを生むでしょうね。ひとつの見方ができないということが、私たちの今の社会を象徴している。戦争も意見の違い、宗教の違い、歴史観の違いから起る。私は小さい頃からノンフィクションが好きでよく読んでいて、教科書では教えてくれないものに興味をそそられました。もっと知りたいという欲求があれば、もう少しオープンにものごとや場所を見られるようになり、もっと楽しいだろうなとも思う。そして、それが平和にも繋がるかもしれないですし。

-インタビューを終えて-

谷崎潤一郎にちなんだ和菓子、その名も「細雪」を頬張りながら、フランクにインタビューに答えてくださった米田さん。谷崎を始めとする著名人や、歴史的な場所など、「過去」へ向けられる眼差しは冷静ですが、そこに何が見えるのか、それをどう「未来」へと繋ぐのか、という米田さんの語り口は実にポジティヴで、温かく感じられました。今度はどこへ行かれるのでしょう? 次回作に早くも期待大です。

<2005年9月30日 シュウゴアーツにて>