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天明屋尚特集

発見された天明屋尚

数年前、天明屋尚は原宿の貸しギャラリーで個展を開催していた。作品の価格のつけ方は自己流で、展覧会を訪れる美術関係者はほとんどいなかったのではないかとも。展覧会としては作品がひとつも売れず寂しいものだったと広瀬さんは振り返りながら、確かなテクニックをもった独創性の強い作品を初めて見たその日のことを今でもよく覚えていると語る。それから、全国の美術館で数多くの美術展覧会の企画を手がけている広瀬さんは、雑誌やいわゆるアート関係者など、いろいろな機会があるごとに天明屋尚を紹介していくこととなった。

海外での評判

「日本で、いいアーティストはいないか?」。「One Planet under a Groove : Hip Hop and Contemporary Art」展(2001年10月〜2004年1月)を企画準備中のニューヨークのブロンクス美術館の学芸員から尋ねられた広瀬さんは、学芸員を天明屋尚の自宅まで連れて行った。その手描きによる質感は学芸員の心を打ち、展覧会への出品が決まった。ブレイクダンスの発祥の地・ブロンクスにて開催される本展を意識した作家はパラパラをテーマとした「現代日本若衆絵図 パラパラ(大日本帝国)対ブレイクダンス(亜米利加)」などを描き下ろして計5点を出した。アメリカやドイツを巡回した本展のツアーは好評のため延期となり、初めて天明屋が海外に紹介されることとなった。ニューヨーク・タイムズのアート欄でただ一人紹介されるなど、大好評だった。それ以降は、ホイットニー美術館学芸員が個展を開催していた中目黒にあるアートギャラリー・DEPOTを訪れて展覧会への出品が決まり、その際ニューヨークタイムスのアート欄で大々的に取り上げられたりと、海外での天明屋尚の知名度は着実に上がっていった。ニューヨークの今一番クールなスポット、ローワー・イースト・ビレッジにあるストリートファッション・ショップのReed Spaceにおける展覧会「TENMYOUYA HISASHI」(2003年)では狭いスペースにも関わらずものすごい数の来場者が列をなし、警察官が来たほどの過熱ぶりだったとか。最近では、日本の文化を研究対象とする教科書や論文の表紙に天明屋尚作品を使いたいとのオファーがアメリカの研究者から届いているそうだ。

アーティストを応援し続けること

天明屋尚のように、現代美術界にもストリート系の若者にも両方にファンがいるアーティストは珍しいだろうと広瀬さんは語る。そして、天明屋尚がもっと歳を取ったら細かい線の絵が描けなくなるかもしれないから今のうちにどんどん描いてほしいと笑いながら、周りの評価などを気にせずに、誰にもない自分の世界を広げていってほしいとエールを送った。

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