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にっぽんから飛び出した束芋が到達した新境地。
「ヨロヨロン 束芋」展
「公衆便女」のためのイメージ 2006年 ビデオインスタレーション@束芋

「公衆便女」のためのイメージ 2006年 ビデオインスタレーション@束芋

映像インスタレーション三作を中心とする個展「ヨロヨロン」 束芋(2006年6月3日〜8月27日)が原美術館にて開催されている。

展覧会のタイトルにある「ヨロヨロン」について、作家本人は次のように語る。


「世間一般の人……」という言葉を実際に使う人は、その「世間一般の人」の中には含まれない立場から論じていることが多い。私は制作活動を始めた当初から、悲しくも「世間一般の」人間であることを痛烈に感じていた。それはどんなにそうありたくなくても受け入れなくてはいけないことだと認識していたし、もしそれを受け入れなければ、私と私の作品の間には大きな溝ができてしまう。

『輿論』を辞書で調べると「世間一般の人が唱える論」となっている。『私⇒世間一般の人』であればそれは、「私が唱える論」となる。勿論私は「世間一般」の人間の一部であり、「『世間一般⇒私』もまた真なり」とはならないのはわかっている。

展覧会タイトル‘ヨロヨロン’とはそういった世間一般に含まれる、か弱い私の唱える論であり、『論』自体もいつも正解を求めない、どちらともとれないヨロヨロしたものである私の考えを表現した言葉だ。
そしてそれは、頼りないことで、「世間一般の人」である観客の皆様に助けられ完成する展覧会となるだろう。― 束芋 ―


テレビで起きていることや、すぐ近くで何かが起こっていても自分の痛みとして感じないこと。そうしたことに対して、もはや違和感を感じない日々。そのような日常を描いたブラックなテーマであった「にっぽんの台所」(キリン コンテンポラリー・アワード1999最優秀作品賞受賞)以降、ロンドンで過ごした一年間の研修期間を経て、なおも問いかけを続ける束芋は今後も注目すべきアーティストの一人である。

日本を離れて海外で生活したことで「背伸びをしないことが重要」と考えるようになったと本人が語るように、“日本の”という括りを敢えて外した今回の展覧会では、壮大であると同時に彼女らしいマクロな視点から俯瞰されたテーマが盛り込まれている。薄い壁一枚を隔てた隣で常に何かが起こりそうな緊張感が漂う「公衆便女」、人間の体や幾何学体の構造など、いろいろと気になってきたことが本作でくっついたと語る「真夜中の海」。新作と同時展示されている何百枚もの手描きのアニメーション原画を見る限り、丁寧に作りこまれた作品から漂うポジティブなエネルギーも彼女の作品の魅力の一部として感じ取れるだろう。


束芋さん。新作映像作品の手描きのアニメーション原画の前にて。

束芋さん。新作映像作品の手描きのアニメーション原画の前にて。

「大文字焼き」ならぬ「束芋焼き」が登場

展覧会オープニングでは、サプライズとして「大文字焼き」ならぬ「束芋焼き」が登場した。