日常の中に魔法をかける 世界が注目する若手作家 照屋勇賢 |
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一見するとどこにでもあるショップの紙袋。 |
- −−トイレット・ペーパーの芯をくり抜いて木に見立てた作品をつくったきっかけは何だったのですか。
- これはニューヨークに住むようになってからつくった作品で、ささいなことがきっかけで生まれました。家に遊びに来ていた友人を驚かせてやろうと思ったのです。その辺に転がっていたトイレット・ペーパーの芯にカッターで切り込みを入れ、そのくり抜いた部分を上手に立たせたら、まるで木にキツツキがとまっているような姿になりました。友達が家に帰ってくる前に、こっそりトイレに置いておいたらさぞかし可笑しいに違いない(笑)。やった、と思いました。しかし同時にその時、「あ、魔法がつくり出せた」と気づいたのです。もはやそれはトイレット・ペーパーの芯ではなく、別の何かにしか見えなかった。日常の中にも魔法はちゃんと作り出せるんだ。そう思ったところから、木をイメージした作品になっていきました。
- −−そこから発展したのが、紙袋の内に森を出現させた「Notice-Forest(告知-森)」ですね。
- ええ、これはニューヨークのP.S.1 Greater New Yorkに選ばれたときや横浜トリエンナーレにも出品した作品で、私の代表作の一つです。ファッションブランドやジュエリー、ファーストフードの、どこでも見かけるショッピングバッグを素材に使い、その中に森をつくり出す。紙袋を切り抜いて木の幹になる部分と葉っぱになる部分をつくり、それを袋の中で組み立てたつくりになっているのですが、袋に近寄って中をのぞくとあたかもそこに一本の樫の木が立っているように見えます。
- −−そこだけ別の世界が広がっているような幻想的な気分に浸りますね。そもそもどうして袋のなかに木を生やそうと思ったんですか?
- 高校生のときに授業で聞いた、「どんぐりの中には樫の木の記憶が入っている」というアリストテレスの自然哲学観を思い出したのです。種の中に木の記憶はある。では森から伐採されて人工の紙となってしまっても、そこに森の記憶って残っているのかな?それなら、紙袋の中で眠っている森を呼び覚ましてやろう、と考えました。だから紙袋を覗くと、そこに森が幻影のように存在しているイメージをかたちにした。 この作品については、大量消費とエコロジーの関係を描いた作品だと批評されたりもしますが、最初からそういうことを考えてつくっていたわけではないです。ただ、日常的に身近にあるものだからこそ、見る人によっていろんな見え方がして、そこが面白い。
- −−VOCA展2002に出品し奨励賞を取った「結い」という作品では、沖縄の伝統的な染物の技法、紅型を使っていらっしゃいますね。
- 私は沖縄育ちですが、地元の私でも紅型というのはあまりきちんと見たことがなかったんです。しかしあるとき、首里城で観光客向けに色とりどりの紅型の着物が展示されていて、初めてきちんと紅型を見た。そしてそこでは、紅型とは沖縄の美しい自然の姿が表現されていると説明にありました。でも見た途端、不思議に思ったのです。「こんな自然が今の沖縄のどこにあるんだろう?」。
私の知っている沖縄は、全然ここに描かれているのとは違う。じゃあ「今の沖縄の自然」を紅型にプリントしたらどうなるだろうかと思って模様だけを変えてみたんです。伝統的な沖縄の花とパラシュートで降りてくるアメリカ兵と楽しげにさえずる鳥と戦闘機が並列して描かれた美しい紅型をつくってみました。
制作にあたっては地元の職人さんに手伝ってもらったのですが、最初はどこも相手をしてくれませんでした。「あなた、戦争終わって何もないところからみんなが紅型復興した気持ちわかるの?沖縄の美しい自然、花を見てみんなやり直そうと思った。その気持ちを受け継いでいるのにどうしてそこに戦闘機だのパラシュートをわざわざ入れるの?」。その気持ちは十分汲みとった。でもそれを分かったうえで聞きました。「でもその自然、どこにあるんですか?」。その現実を表現して伝えることも大事なのです。そう何度も説明してわかってもらいました。それで協力が得られ、実現したのがこの作品です。 - ――これからどんなものをつくっていきたいですか。
- 誰でも知っているモノのちょっとしたスキマに魔法を潜ませるような、そんな作品がつくれたら。そう思っています。
(2006.6.23 すみだリバーサイドホール・ギャラリー近くのカフェにて)
