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MAYA MAXX 絵に愛してもらえる画家になりたい

この展覧会が終わったらいよいよニューヨーク――。渡米間近のMAYA MAXXさんに、岡本太郎記念館での展覧会「MAYA MAXXのさようなら」を終えた翌日、インタビューに応じていただきました(清澄白河・KIDO Pressにて)。昨年秋に発表された初のエディション作品についての取材でしたが、手軽に購入できる作品が少ないMAYA MAXXさんだけに、それはまるで日本での置き土産みたいに思えてなりません。

インタビュー中のMAYA MAXXさん

インタビュー中のMAYA MAXXさん。清澄白河の版画工房・KIDO Pressにて。


「God gave me a high mountain-2」 「Ciao! Chaos-2」 「Samurai “Okita”」 「Childhood“Ken”」 版画集「My first prints」
--南青山・岡本太郎記念館での10日間にわたる公開制作、拝見させていただきました。一日一日が現在進行形の展覧会というのが、MAYAMAXXさんらしいと感じました。
公開制作初日の様子

2008年1月17日。南青山の岡本太郎記念館にて、公開制作初日の様子。大きなキャンバスに、グイッと力を込めて線を引く。そこには太陽の塔の顔が現れた。

本当に私の場合、毎日毎日「今日の絵」が続いていく、そんな感じなんです。それは人前で公開制作するときでも同じです。日々の「点」が続いていくことで「線」になる。同じものを描いていても、昨日と今日とは違うのです。
--制作の様子を見ていて、一枚の絵を描かれるのが本当に早いのにびっくりしました。サッサッと、描いてしまわれる。
絵は隙がある方がいいんですよ。みっちりみっちり自分を表現しようとするんじゃなくて、自分なんてどうでもいいや、と思う。そうすると絵が隙だらけになって、そこに人が入って来られるようになるんです。絵を見るとき、人は「その中に入っていきたい」と思うでしょう。また、絵を描いているようでいて、余白を描いているようなところがありますね。そういう意味で、私は日本画家だなと思いますね。
--KIDO Pressから出版された版画についてお聞きします。初の版画ということですが、これまで手軽に買えるMAYA MAXXさんの作品、あまりなかったですね?
 
ええ。小さい絵が描けない、という決定的な理由がありまして(笑)。今回はプリンターの木戸 均さんとの出会いがあってはじめて版画にチャレンジしましたが面白かったですね。
公開制作の場は、連日、たくさんの人でごった返していた

公開制作の場は、連日、たくさんの人でごった返していた。時には観客に語りかけながら、制作を続ける。MAYA MAXXの絵は、観客がいると余計生き生きして見える気がする。

--ウサギを描いたリトグラフ、拝見しました(版画集『My first prints』)。ほとんど一筆書きの線のようでいて、しかしウサギの絵になっている。線にキレがあって惹きつけられました。 
色にはまったく興味がないんです。ふだんも絵の具は絵の具のチューブほとんどそのまま使う。マチエールとかにも興味がない。基本的に、私の絵は線。だって、線が良くなかったらあと何したってダメでしょ。震えるほどいい線が引きたい。いつもそう思っているんです。
--色に興味がないとは意外ですが、そういえば絵を描くときもサングラスかけていらっしゃいますね。
このサングラスをかけていても色の見え方はそんなに違いませんよ(笑)。ただ、確かに微妙な色彩を気にする人であればそんなことはできないですよね。

もちろんこれからもっと色が自分の絵のなかに出てくるかも知れないし、まだわかりません。それでも表現というのは少ない方法のなかでも十分にできると思います。指で画面をこすったりして汚すだけでも、空間を絵のなかに生み出せたりするように。
--その他の版画の絵柄に、猿があります。MAYA MAXXさんの代表的なモチーフのひとつですが、家に飾ったら、本当に生きた猿がそこにいて動き出しそう。そんな生命感に溢れています。
猿はごく初期から手がけているモチーフですが、そもそも最初に猿を描き始めたのも「黒い鉛筆か木炭か、画材がひとつあれば、どんな絵でも描ける人」になりたかったからです。たとえばモンゴルの平原へ行って、絵の具がなくても描ける人ってかっこいいじゃない。黒一色でサッと描けて、なおかつ描いた瞬間に、いきいきとした生命感が生まれるモチーフとは。そう思って出てきたのが猿だったんです。
--平面だけれど、ふっと空中に浮いてくる。MAYAさんの絵にはどこかそんなところがありますね。
私の絵って、普段はお休みしてるけど、人が見始めると、「よしっ、出番だ」と動き出すんですよ(笑)
--なぜニューヨークに移り住むのですか。『MAYA MAXXのさようなら』は、日本を拠点にした最後の活動となる展覧会とのことでしたが。
大胆に絵筆を動かし、時には指で描くMAYA MAXX

大胆に絵筆を動かし、時には指で描くMAYA MAXX。気づけば、服も指も、岡本太郎記念館の床も、絵の具まみれになっていた。

昔の日本画家って、墨壺に筆一本持って、それで俳句も書けるし、絵もどこでも描いていたじゃないですか。北斎なんかもそう。そういう感覚に、日本人として憧れがあるんです。どこにいても同じ。いつでも絵が描ける自分でありたい。

それと、最近、絵に愛されるにはどうすればいいかということが少しわかってきた気がします。絵を愛しているのは山々、でも「絵に愛してもらえる」自分になることはなかなか難しい。けれども、31歳でデビューして15年やってきて今46歳、折り返し地点ですが、今の自分の絵を「そんなに悪くない」と思っている。だから、どこまで行けるのか挑んでみたいし、ニューヨークでもう一度、何もないところから絵を描いてみたいんです。「すべては何もないところから。その1点から物事は始めるべし」。いつもそう思ってきましたから。 本当に、私は、絵にしか興味がない人間。今でも絵が美術のキングだと思っているし、それはどんな時代になろうが同じ。やっぱり絵でしょ!

(2008.1.28取材 文=安田洋平)