2005年10月14日

横浜トリエンナーレ参加作家 ピアニスト 向井山朋子 来日インタビュー

向井山朋子さんは、声や身体の動きを使ったユニークなピアノへのアプローチや異なるジャンルのアーティストとのコラボレーションによって、音楽の新しい可能性を楽しく大胆に広げる、現在最もエキサイティングなピアニストの一人です。従来の演奏者から観客への一方通行な関係とは違ったコンサート形式を、近年のプロジェクトを通じて問い続けています。2003年からは一人の観客のためだけに演奏を行うリサイタルシリーズ“for you”を発表し、世界各国で継続的に開催、大きな反響を呼んでいます。横浜トリエンナーレ2005では、日本有数のクラシック音楽専用ホールである横浜みなとみらいホール 大ホールで“for you”を開催し、たった一夜・一枚だけのコンサートチケットがネット・オークションにかけられます。9月27日午前11時のオークション開始から10月26日のコンサート実演までの一連のプロセスも、作品“for you”となる前代未聞のプロジェクトなのです。 オークション開始直前の9月27日、横浜トリエンナーレ2005の“for you”作品発表のために来日していた向井山さんに、作品についてお話を伺いました。




9月27日、プレス内覧会にて。「for you」の作品発表をする向井山朋子さん。


ふ頭前。マスコミからインタビューを受ける。

―現在はオランダ在住ですね。今回は 横浜トリエンナーレ2005出品の“for you”のために、日本にいらしたのですか。

そうです。本日9月27日のオークションから始まる私の作品“for you”の作品発表のため、3日前に来日しました。明日オランダに戻り、コンサート前日となる10月25日にまた来日する予定です。

―今回はただお一人の落札者と共有する一夜きりのコンサートのために、会場のホールを貸しきり、ご自身もオランダと日本を往復され、準備が大掛かりですね。

そうですね、会場は横浜みなとみらいホールといって2020人は収容できるとても大きなホールです。きちんとライトアップされ、最高のピアノが用意され、クロークが3名、チケット切りが2名、シャンパンバーでは、シャンパンのサービスもあります。私自身もアムステルダムからコンサートのためだけに来日するのです。一夜に1000万円はかかっているでしょうか。
それが全部、たった一人の観客の15分間の演奏会のためだなんて、贅沢ですよね。私は今回の横浜トリエンナーレにおけるこのコンサートは「至福のプロジェクト」であると考えています。


―確かに至福ですね。オークションで最高値落札者一名のみが“for you”を享受することができるのですよね。

ええ。お金の話で恐縮なんですけれど、お金を払っていただいても、私の作品の場所や空間はその時にしか存在しないもので、物質的に残るものではありません。また、一対一の関係でないと成立しませんので、自分の体験を他者と共有することもできません。評論家や録音といったコンサートの証人となるものもありません。そうなると、購入者は何に支払いをしているのでしょうか。演奏に対してでしょうか、贅沢さを得るためでしょうか、好奇心のためでしょうか。購入者なしには作品も成立しないのですから自分自身に支払っているのかもしれませんね。私の作品は、「カネと精神性」、この2つの関係を考えざるを得ない仕掛けになっていると思います。

―大変興味深いアプローチだと思いますが、このシリーズをはじめたきっかけは何だったのでしょうか。

友人のアコーディオン奏者の話からヒントを得ました。彼が、スカンジナビアでソロ・コンサートを開いた日が、運悪く大きなサッカーの試合と重なってしまったんですね。開演になって舞台に上がってみると、観客は女性たった一人。そこで彼は舞台から降りて行き、握手をして自己紹介をし、彼女の選んだ作品を演奏して、最後には晩御飯を一緒にたべたんですって。音楽を媒介にした、従来とは違う観客とのコミュニケーションの形だと思いました。

―ご友人の話がヒントになったのですね。

はい。作家というのは誰しも自らの作品を「誰のため」に制作しているのかと考えることがあると思います。それを追及するために始めたのが“for you”のプロジェクトです。“for you”という作品は、観客が瞬時に、そのコンサートを成立させているのは自分である、とはっきり理解できるしかけになっています。

―そこは従来のコンサートとは違う点ですね。

そうですね。演奏者と空間、そしてそれを受ける観客がいないと“for you”は成立しない。受け手の存在が、作品成立のためになくてはならない、非常に重要な要素なのです。さらに、観客はその場所に座っている自分自身の内的体験の歴史、それまで培ってきた感受性がコンサートを成立させているという事実とも対峙することになるのです。また、演奏者にとっても誰のためにやるのか、非常にわかりやすい。

―お客様の反応はいかがですか。

人によります。泣かれたり、動けなくなってしまうお客様もいます。

―向井山さんも?

いえ、私は客観的でいられるように心がけています。出来るだけよい演奏をする、それだけです。お客様のイメージにあわせたり、それによって演奏が左右されることのないように常に客観的でいるようにしています。
あるとき、死期が近い方が聴きにくるというので、できるだけ明るい曲を演奏してください、と頼まれたことがあります。その晩、すごく考えたのですが、結局そういった事情は考えずに演奏することにしました。ただ、演奏後に私はその方の夜やその方の帰りの旅路をずっと想像してしまいました。その時の心情や意味合いというのは、演奏前に決めるものではなく演奏後についてくるものだと思っています。 100人の観客がいれば100通りの感動があるのですから。そして、この“for you”ではそれを分かち合えるのは演奏者である私とその演奏を受ける人だけなのです。

―そういった“for you”の空間をつくるものは、何であると思いますか。

・・・・・。 「力」であると思います。これはその場で感じるものだと思いますが。舞台に降ってくるような、私と観客の巻き起こす力である、としか言いようがありません。

インタビューを終えて

相手の目をじっと見つめ、ゆっくりと、丁寧に答えてくださいました。落ち着いたしっとりした風情のなかにも、作品や自身の演奏、観客に対する真摯な思いや信念が伝わり、熱のこもるインタビューになりました。
最終落札者しか味わえない横浜トリエンナーレ2005作品の“for you”。もし私がその「you」であるなら、一体どのようなコンサートができあがるのだろう!? そういった想像は結局自分への興味や期待であったりするのかもしれません。
こうしている今もネット・オークション上では、チケットの値段があがっています。思わずどんなコンサートが展開されるのだろう、と期待がふくらみますが、それは落札者と向井山さんにしかわからないことなのですよね。


<2005年9月27日 横浜トリエンナーレ2005会場となる横浜市山下ふ頭3号にて>

投稿者 TAGBOAT : 2005年10月14日 11:34

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