IDEAL WORLDシリーズの中でも、少女の頭部と建築群の融合を描いたこの表現は、石井七歩が作家活動を開始した2011年の最初に描き始めた作風です。
幾重にも連なる四角の建築物には、アーチ状の窓が特徴的に描かれています。
アーチ状をした建築構造が人類史に登場しはじめたのは、メソポタミアのウラルトゥ、ペルシア、ハラッパー、 古代エジプト、バビロン、古代ギリシア、アッシリアといった古代文明でしたが、アーチの利点を最大限利用した世界初の建築者は、古代ローマ人(紀元前6世紀~)であると言われています。つまりアーチ状の建築群が存在しているということは、高度な都市のシステムを持っている、ある程度発展した文明の存在を示唆しているのです。
複雑に絡み合う線状の抽象物は「フラクタル構造」を意識して描かれています。
フラクタルとは幾何学の概念で、図形の全体像とその一部が似た形をしていることを言います。このフラクタル構造は自然界の様々な面で見られます。例えば海岸線の形、山の形、枝分かれした樹木の形。生物であれば、血管の分岐構造や腸の内壁。そして株価の動向など社会的な現象も、フラクタルな性質を持っています。
描かれたフラクタル構造は「自然界に満ちている法則」の比喩でもありますが、有限の紙の上に、無限の表面積を持つ形状を描こうとすることで、鑑賞者の想像力、つまり人間の脳の見えない部分を保管しようとする能力を借りて、無限に広がる世界観を描こうとしています。
IDEAL WORLD「理想的な世界」と名付けられたこの作品群には、ひとつひとつそれぞれ異なった背景やテーマが存在しています。
中でも人間の頭のようなものが描かれている作品のことを「擬人化ならぬ《擬都市化》である」と石井は表現しており、これは人間の少女の性格を《擬都市化》してみせることで、逆説的に、我々が現在暮らしている都市の、まだ幼い少女のように未成熟な性質に気付き、その都市の少女的な未成熟さに対して寛容的であろうとするための試みとなっています。