越後しの氏が一貫して追い続けているのは、その時々の自分の心象風景だといいます。念写のようにして日々、彼女の手元から生まれるユニークな「自画像」には、原画か版画かを問わず、詩的な含意の膨らみと民芸品的な可愛らしさがあります。
本作は、2年ぶりに制作された越後氏のジクレー版画です。2022年に没後90年を迎える梶井基次郎の名作「檸檬」を題材にした描き下ろし原画から刷られたもの。「檸檬」は、洋書店の棚へ爆弾に見立てた鮮やかな色のレモンを仕掛けて逃走する、という詩的でユニークな感覚性を持つ傑作短編です。
越後氏の絵の中にしばしば登場する、切れ長の目をしてジェンダーレスな不思議さをまとった人物。そこから感じる文芸的な奥行きを持つ世界観と「檸檬」が融合した美しい絵柄になりました。前作「野の鍵のゆくへ」と同じサイズになっており、連作性も意識されています。個展「遊星からのメロディ」(2021年、仙台市・晩翠画廊)にて展示され、好評を博しました。