※貴重なサイン付モダン・プリント。
独特の鋭い感性と卓越した技術でもって、写真を芸術作品の領域へと昇華させた20世紀を代表する写真家、ブレッソン。
1952年に発表した初写真集『逃げさるイメージ(images a la sauvette)』のアメリカ版表題である「決定的瞬間」はその後ブレッソン写真の代名詞として使用されることとなる。本作でも、35mm小型カメラ、ライカで撮った日常のなかのスナップショットを名画のような二次元世界(「決定的瞬間」)へ結晶させている。完璧な構図の中瑞々しく生きる被写体をお楽しみください。
■『pen (No.201)』(2007)より
「決定的瞬間」の代名詞ともいえる、カルティエ=ブレッソンの代表作。「駅裏のユーロップ広場にいたときだった。そのあたりにはずっと囲いが廻らされていた。私がちょうどフェンスの間からカメラを向けようとしていると、敷板から男がジャンプした。敷板の幅が狭く、構図のバランスがよくないので、左側と下をトリミングした」
■『アンリ・カルティエ=ブレッソン 知られざる全貌』(2007) 東京国立近代美術館図録より一部抜粋
大雨が上がった翌日なのだろう。画面の上方には駅舎の裏と鉄柵とポスターが見えるが、写真の下半分以上は、巨大な水たまりの水面が占めている。そのぶれた人間の姿が、鏡のように正確に水たまりの水面にも映し出されている。まるで空中にさかさまに浮んだ亡霊の影のように。
駅裏のわびしい風景、鋭い鉄柵、積まれた瓦礫、そこにたたずむ通行人などは究極のリアリズムで捉えられている。しかし、水たまりの静謐な水平面に置かれた梯子の木の輪は、まるでマン・レイのレイヨグラフのように、抽象的な美しさの中に自足している。
その重苦しさと静けさ、存在感と抽象性の同時共存の奇跡。さらに、ここには、飛翔する人影のスピード感と、奇妙なユーモアまで加わっている。世界の多様さをこれほどの密度で、たった一枚の写真に封じこめているのである。つくづくカルティエ=ブレッソンンは巨大なスケールの写真家だったと思う。(中条省平)